町名の由来 鍛冶町

鍛治屋

 永禄十二年(1569)武田信玄 が江尻城 を築き江尻は城下町として発展した。その後天正十九年(1591)城下町から出火して周囲の民家を焼き尽くし、この火事が原因で鍛冶職とか鋳物職のような火を扱う家屋を海岸近くの現在の地に移したといわれている。

 江尻宿には二十七戸の鍛冶職があり、その大部分が鍛冶町にあったといわれる。初めは江尻城の御用鍛冶として刀剣類を作り、その後刃物鍛冶から鍬や鎌を作る農鍛冶となった。このように鍛冶職人が多く住んだので鍛冶町と名づけられた。

 城や宿場のあった町に数多く鍛冶町の名が残されている。

江尻まちづくり推進委員会

※出典:Monumento(モニュメント)
https://ja.monumen.to/spots/3246

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